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2005年08月の日記

2005.08.31「10回目の命日、健太郎に贈る」

10年前の今日、俺の後輩「健太郎」が死んだ……。
交通事故だった……。

そして、今日で10回目の命日を迎える。あれからもう10年が経ったんだなぁ……。あの日、知らせを聞いて信じられなかった。当時まだ、健太郎は18歳、夏の終わりに彼女と一緒に友達4人で海に遊びにいってたんだよなぁ……。

あの日、俺たちの誰もが、信じられなかったし、信じたくなかった……。

病院に運ばれる時、他の3人のことを気遣って、俺は大丈夫だから他のやつを先にって、最後まで皆のことを優先したって母ちゃんが話してくれた。

いつも素直で、思いやりのあるいい奴だった。

今日、お墓の前で手を合わせた時、あれから10年、俺自身は成長したのかと考えたよ。あの時、お前の分まで一秒も無駄にしないで生き抜くからって約束したけど、本当に無駄なく生きてるのかと振り返ることができた。

毎年、この日に当時の仲間が集まって、1年1年成長している姿を確認しあえる機会を健太郎に創ってもらえてるんだなぁって想うと、本当に感謝してるよ!!

この機会があるから、1年に1回本当に自分は悔いのない人生をおくれているのかって考え、反省し、前に進める。どっかで健が「ほら、もっと大事に生きてくださいよ!!」って言われているようで、背中を押してもらえるもんなぁ!!

天国にいる健太郎、お前と出逢えて、本当に良かったよ。
これからも先、お前の分まで生き抜くからな!!

本当にありがとう。


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2005年08月31日 03:44 |日記 | トラックバック(17) コメント(0)

2005.08.30「小学校の宿題に父ちゃんの会社レポートを!!」

今日は富山県の魚津市に行きました。
魚津市は、市内に海があって2500メーター級の山もある、日本で唯一蜃気楼が見える町だそうで、本当にいい場所でした。

富山空港からわざわざ私を迎えに来てくれたのが伊藤さんです。その車の中で伊藤さんから、面白い話を聴きました。

「香取さん、今うちの子供たちはもうすぐ夏休みが終わってしまうから、宿題で大変ですよ!! もう家族総出で夏休みの宿題に取り掛かってますから(笑)」
「夏休みの宿題って懐かしいなぁ……。自分は多分小学校4年生ぐらいの時から、宿題をやらなくなったかなぁ……」

「香取さんらしいですね(笑)」
「えへへ……」

「でも今の小学校の宿題も大変なんですよ!!
例えば読書感想文なんか、課題図書3冊ありまして、それぞれに感想文を書かなくちゃならないからもう大変ですよね」
「へぇ……」

「でも、私は想うんですが、確かに本を読むことも大切なことだとは思うのですが、感想文を3冊分なんてことしないで、感想文1冊分とあとは、両親の働いている会社参観して、それをレポートにしたほうが、よっぽどいいんじゃないかぁって」

確かに伊藤さんの言うとおり、同じ原稿用紙に書くなら、身近に居る父ちゃんや母ちゃんの働いている場所を訪問して、仕事について感がて見る方が良いかも知れないなぁって思いました。

自分の両親の働く姿から働くってことが、大変だけど面白くて大切なことなんだってことが分かれば、これから自分の未来への考え方も変わってくるし、もしかすると勉強の仕方も変わってくるかも知れないですもんね!!

会社参観をされる側にもメリットがありますよね。自分の子供の見ている前で仕事をするわけですから、やっぱり子供に「うちの父ちゃんの仕事は最高だ!!」って自慢できるぐらいの仕事にしようと思いますもん。

本来何の為に学校で勉強するのかといえば、そのひとつには、きっと社会出てきちんと働くということを通して、自分以外のだれかのお役立ちするために、勉強するのだと思います。

その根本で考えると、夏休みの宿題の中に、両親の仕事を手伝ったり、働いている会社への会社参観があっても面白いのではないかと伊藤さんの話を聴いて考えました。

夏休みの宿題を小学校高学年から一度もやったことのない自分を反省した一日でした……。先生ごめんね(笑)


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2005年08月30日 03:42 |日記 | トラックバック(11) コメント(0)

2005.08.20「出逢い・再会に感動」

今日は、久しぶりの北海道でした。午後から夕方までがドリームゲートさん主催での起業家支援セミナー。そして夜は、友人の亀谷さんが兼任しているH.I.S札幌支店の従業員向け講演会!!

何より今日嬉しかったのは、苫小牧高校の夏の甲子園優勝のその瞬間に北海道に居れたことと、セミナーに参加して下さった多くの皆さんとの出逢いであり、思わぬ再会です。

その再会とは……?

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2005年08月20日 03:33 |日記 | トラックバック(4) コメント(1)

2005.08.11「いただきます」

今日は以前、前橋青年会議所にお邪魔して、青年会議所OBと現役のメンバーと一緒のセミナーに参加させていただいた時、その懇親会の席上で80歳を超える爺ちゃんから教わったお話です。

そん、爺ちゃんは、僕の席の横に座り、自分の右手を僕に見せてくれました。

「香取さん、私のこの右腕はね、戦争でこんな風になってしまったんだよ!!
でもね、命まではとられなかった……。まったくツイているよね。
また、最近は病気で倒れてから歩くことも出来なかったんだけどね、今はこの通り多少不自由だけど歩けるんだ!! この歳になると、本当に心から生かしてもらっているって感謝するよね!!」

「はい」

「香取さん、いつも食事の前に『いただきます』って言うよね。
 あれはどんな意味なんだか知っている?」

「へっ?! ……。
 考えたことも無いです。でもいつも言ってますねぇ……」

「実は日本語は凄いんだよ。『いただきます』っていうのは、これからいただく命に向かって『あなたの命をいただきます』ってことなんだ。人間も動物、動物は誰かの命をいただかなくては生きていけないんだよね。だから、これからだべる肉や魚、野菜に向かって感謝を込めて『いただきます』って手を合わせて言うんだよねぇ。

この言葉は、他の国にはないんだよ。日本人だけが『いただきます』という言葉を使っているんだよ!! 生きるってことは、誰かの命をいただいて、自分の命とするんだね。だから、親からいただいたこの命を大切にしなくてはならないよね。
 
これからも香取さん、自分の命を大切にしていってね。決して粗末にしてはいけないよそして、もうこれからは同じ人間殺しあうようなことはしてはいけないんだよ。戦争からはなんにも生まれないんだからね!!」


最後は遠くの方を見ながらゆっくりと僕に話してくれました……。


気に入らないことがあれば口をついて出てくるのは「お前ぶっ殺す!!」や「死ね」って言う言葉……。こん爺ちゃんのが教えてくれた「命を粗末にしてはいけないよ」と言う言葉が凄く重みを持って自分の心に突き刺さります。


あなたの命をいただきます。
そして、いただいた命を無駄にしないよう精一杯生きて、生き抜かなくてはと思えた一日でした。感謝します。


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2005年08月11日 12:04 |日記 | トラックバック(7) コメント(5)

2005.08.10「ローソンプチ感動エピソード!!」

今日のお話は、一昨年の最初に神戸で非凡会発足の際にお逢いした、神戸のローソン須磨大田3丁目店と、ローソン板宿戎3丁目店を運営されている大塚さんの紹介で、ローソン近畿支社の皆さんと食事の時に教えてもらった感動エピソードです。

大塚さんは、神戸非凡会でお逢いしたときから、熱い想いを持っている私の同志で、たかがコンビニ……。その中でも「ここまでやるかコンビニ集団」という志で日々、本当の意味で地域に愛される、マチのホッとステーションを目指して、毎週店先の道路に出てお掃除をするなどして顔晴っておられます。

大塚さんの話では、自分たちがお掃除をし始めたら、隣のカラオケ屋さんもお掃除をして下さるようになり、今では一緒になってお掃除をするようになったそうです。本当にマチのホットステーションですね!! 

お近くに住んでらっしゃる方は是非、応援してあげてください!!


それは、ある田舎町にあるローソンでの出来事!!
その町には、商店と言っても住宅地にあるのは、ローソンが一件だったそうです。
ある老夫婦がそのお店に立ち寄り、涙を流しそのお店のスタッフにお礼を言って帰ったそうです。

聴いてみると、そのローソンの近くには、自分の息子さんが一人暮らしをしていたそうですが、実は先日その息子さんが突然にお亡くなりになり、その整理をしに息子さんの住んでいたアパートに来ていたそうです。

息子さんの住んでいた部屋を整理しながら、きっとこの辺で買い物をするって考えれば、そのローソンだったんだろうということで、帰りに寄ったそうです。

しばらく、外からお店の中を見て、亡き息子さんの事を話していたんでしょう……。
そこに、同じ歳くらいのお客様が入っていったのを見ていると、そのローソンのスタッフがそれは親切丁寧に応対していたそうです。

それを見て、きっと自分の息子もこんな風に、親切丁寧に接客されていたんだろうと考えるといてもたってもいられなくなり、そのお店のスタッフに涙ながらに声をかけたそうです。

「今まで本当にありがとうございました。
 息子もきっと皆さんに親切に応対されていたと想うと、本当に嬉しく思います。
 これからも頑張ってくださいね!!」

それを聴いたスタッフも事情をお聞きし、ビックリしていたそうです。
しかし、その夫婦が帰ったあと、皆でそんなことがあるなんて想いもせずに、当たり前のように接客をしていた自分たちを反省し、どんなことがお客様の幸せになっているのかを真剣に考え、気づきを与えてもらったことに感謝をしたそうです。

私たちの目の前に入るお客様はそれぞれ色々なドラマを持って来られるわけで、いつでもその人たちの想いに答えてあげられるよう想像してみることが非常に大切なのかも知れませんね!!

日々同じことの繰り返しの中、それでも今日目の前にいるお客様にとって最高の想いをプレゼントする。それが、小売業であれ、メーカーであれ、どこにも通じるんだなぁって考えさせられました。

とかく、自分の目の前にお客様がいなくなるとスイッチを切ってしまうことがありますが
お客様はどこかでみているんですね!!

お客様が買い物を終えお店を出て行くその後姿に、心を込めて頭を避けながらお礼を言うその「ありがとうございました!!」は、きっと通じているんですね!!

マチのホットステーション!! ローソン顔晴れ!!
応援しています!!


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2005年08月10日 12:01 |日記 | トラックバック(1) コメント(3)

2005.08.09「感動を呼ぶサービスに必要なこと」

今日のお話は以前、僕が家電店の社長から聴いたお話です。

家電店では、買っていただいた商品をお客さまの家まで行って据え付けるサービスを行っています。しかし、それは大型家電の場合で、中には微妙な商品もあります。

ある日、おばあちゃんが来店され、電子レンジを購入しました。
対応したスタッフは、電子レンジは大型家電ではないので、据付ができないことを知り、腰の曲がったおばあちゃんにはとてもじゃないけど、その場で渡したり、宅配サービスで玄関まで運ぶサービスを進められずに悩んだそうです。

そこで、そのスタッフはおばあちゃんに、明日だったら僕が直接持って行って、据付してあげるよ!! って言ったそうです。おばあちゃんも喜んでくれて、いざ翌日……。

お店からおばあちゃんの家までは片道45分、おばあちゃんの家で商品を据え付けて操作を教えてあげ90分、往復トータル3時間お店を空けておばあちゃんのためにスタッフはがんばりした。

この話を聴いて、
「凄くいい話じゃないですか、是非社内でも表彰してこれからも伝説のサービスを創って行きましょう!!」

しかし返ってきた社長の答えは……。
「いやぁ香取さん、それを賞賛したら他の従業員も真似してしまいますよ、そしたら誰がお店のお客様を対応するんですか? みんながそうやって店を出ていったら、それこそ売り上げが落ちてしまうじゃないですか?」

「……」

せっかくの感動のサービスもそれを受け入れる風土がなければ、ただの迷惑となってしまうようです。でもそれって本当なんだろか?

これがもし、東京ディズニーランドやリッツカールトン大阪のような感動創造企業だったらどうだっただろう……。きっとそのスタッフがおばあちゃんの為に、店を出て行ってくると言ったら、他の従業員が「頑張れ!!」って応援し、店舗にスタッフが足りないのなら、バックで働く従業員が協力してその穴をカバーすんじゃないかと思いました。

わが社にCSを!! と叫ぶ企業は多いのですが、本当にそれを実践した時の風土ESがなかったとしたら、「この忙しいのに、一人の客に何時間かけてんだ」となってしまい、2度と伝説のサービスは生まれないでしょう。

「CS=ES」当たり前のことですが、感動を呼ぶサービスに必要なことは、チーム全員でお客様を感動させよう!! という風土だと改めて感じました。


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2005年08月09日 11:58 |日記 | トラックバック(4) コメント(1)

2005.08.07「自己中心ではなく、他己中心で生きる」

先日、僕の嫁の舞がタクシーに乗って、面白い話を聴いたよって話してくれた。それは、舞が乗ったタクシーの運転手さんが、自分の車の前に同じ会社のタクシーが渋滞の中、入ってきたときのこと……。

「今、タクシーを入れてあげたじゃない。
 なんで、入れてあげたか分かる?」
「えっ!! 同じ会社だからですか?」

「違うよぉ!! 
 今、自分の車が実車だからだよ。
 もし、自分の車にお客さんが乗ってなくて、空車だったら絶対に空車のタクシーなんて入れるわけないじゃない!!」
「えっ、何で入れてあげないんですか?」

「だって、自分が空車でその前に空車のタクシー入れたら、先にお客さん取られちゃうでしょっ。だから絶対空車のタクシーは入れないよ。他のタクシーの運転手もみんあ一緒だよ」
「ふ〜ん……」

この話どっかで聴いたことのある話と一緒だなぁって思います。
それは天国と地獄の話です。
天国も地獄も環境はそんなに変わらない。
でも違うのはそこに居る人が違うのだそうです。

それがよく分かるのは、食事の時……。

天国でも地獄でも、食事の時には大きな鍋と、一人では絶対に食べられない長ーいお箸が置いてあって食事をするのだそうですが、天国では全員食べられるのに、地獄では一人も食べられない。

天国では、その長いお箸を使って、一緒に食べる人に周りにいる人が食べさせてあげるので、お互いに食べさせてもらいながら食事ができるのだそうです。

しかし、地獄では我先にとそのお箸を持ち、まずは自分がと食べようとするので、その長ーいお箸では絶対に食べられず、結局だれも食事ができないというお話です。

上記のタクシーの話を聴いた時、この話を思い出しました。
きっとこのタクシーの運転手さんは、お客さんが乗車するのを運だと考えているのでしょうね。

だからもし、自分の前で自分以外の他のタクシーがお客さんを乗せると、「あぁ〜あん時前にタクシー入れるんじゃなかったなぁ……。何で俺はいつもツイてないんだろう。運が悪ぃなぁ」って考えるでしょうね。

お客様に選ばれることを運として考えるから、そこから先へ自分の努力をしなくなり、結果いつも同じステージでの堂々巡りだと思います。もし、自分なりにどうやったら一度乗って頂いたお客様にもう一回乗っていただけるようになるのだろうと運ではなく、必然と考え努力してみれば、結果が変わっていくことを知らないのでしょう。

自己中心的に物事を考えれば、悪いことは全て環境のせいとなり、「何で俺だけ、いつもこうだよ」と問題の解決すら考えなくなります。しかし、他己中心的に「そうかこうなるのは、俺が皆さんから選ばれるように努力をしていないからだなぁ」と考えることができれば、きっと問題の解決が見えてくるはずだと思います。

そんなことを考えさせられる話でした。

そうそう、地獄に行った人が人が本当の地獄から抜け出せないのは、これも同じように自己中心的に「何で俺だけ地獄なんだ」と考えるからだそうです。自らこうなったのは自分自身が問題だったんだと、考え全てのことを改め反省し、この反省するきっかけをいただけたことに感謝した時、すーと天国にいけるそうです。

自己中心から、他己中心になりたいですね!!


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2005年08月07日 11:55 |日記 | トラックバック(30) コメント(1)

2005.08.06「イッツ・ア・スモールワールド」

〜世界中 だれだって ほほえめば 仲良しさ
  みんな輪になり 手をつなごう 小さな世界

 世界はせまい 世界はおなじ
  世界はまるい ただひとつ

 世界中 どこだって 笑いあり 涙あり
  みんなそれぞれ助け合う 小さな世界

 世界はせまい 世界はおなじ
     世界はまるい ただひとつ〜

これは、私が大好きな、以前働いていた東京ディズニーランドのアトラクション『イッツ・ア・スモールワールド』の歌詞です。

イッツ・ア・スモールワールドをはじめてお客さまが目にしたのは、ニューヨーク世界万博でした。当時は、ユニセフのパビリオンとして発注を受けたウォルトディズニーが、ユニセフの思想にあうアトラクションとして考案したそうです。

平和な世界とは一体どのような世界なんだろうと考えたウォルトは、それは「子供達の世界」なんではないかと思いつきました。誰でも子供の頃は、肌の色が違っても、言葉が違っても、今日出逢って手をつなげば皆友達になれた。そしてケンカをしても明日には、すぐに仲直りもできた。それなのに大人になると一体どうして、友達になれなかったり、ケンカの後に仲直りができなくなってしまったのだろう……。

そう考えたウォルトが平和な世界を想像した時、このアトラクションが誕生したそうです。デザインは、当時子供の絵本の多くをデザインして、ウォルトも大好きだったメリーブレアーにお願いしデザインをしてもらい、歌は子供から大人まで誰もが一度聞いたら、すぐに口ずさむことができるような簡単なメロディーと歌詞をと言うことで、シャーマン兄弟にお願いし、あのメロディーが誕生したそうです。

そして、本日8月6日は、60年前の今日、8時15分に広島に原爆が投下された特別な日なわけで、あれから60年経った今日、本当に平和な世界となれているのかと考える……。そこには自信を持って平和な世界だと言えない自分がいる……。

アメリカのイッツ・ア・スモールワールドの出口には、「このアトラクションをユニセフの理想にささげます」と言うウォルト・ディズニーの言葉が書かれている。本当に自分の子供たちそして、これから誕生するであろう自分の孫の時代に向けて、本当に争いや、奪い合い、妬み、恨み、憎しみのない、助け合いと思いやり溢れる世界に貢献していきたいと心から感じる。

今自分ができること、それは小さいかも知んないけど、自分が感じた心動かされた感動を、一人でも多くの人と分かち合うこと。そして、優しさを持って玉を投げ続けることしかないと思った。

 優しさで投げた球は、必ず優しさでかえってくる。
 損得で投げた球も、同じように損得でかえってくる。
 人間、投げた球は必ず自分に帰ってくる。

優しさを持って、玉を投げ続けようと思う。


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2005年08月06日 11:53 |日記 | トラックバック(446) コメント(3)

2005.08.05 「人生の成功とは何か」

〜我々がこの人生において、
 様々な人々と巡り会い、様々な運命が与えられ、
 その人生を精一杯に生きていく。
 そして、いつかその人生の終わりがやってくる。

 その人生の最期のとき、
 不思議な人物が我々の側に現れる。
 そして、その人物は、
 我々に対して、こう問いかける。

 「今ひとつの人生を終えようとしているお前。
  もし、お前が、この人生とまったく同じ人生を
  もう一度生きよと問われたならば、
  然り(しかり)と、答えることができるか。

  いや、さらに、
  もし、お前が、この人生とまったく同じ人生を、
  何度も、何度も、永遠に生きよと問われたならば、
  然り、と答えることができるか。

  その永劫に回帰する人生を、
  喜んで受け入れることができるか」

 その人物は我々に対して、そう問いかける。〜

これは、私の志匠鬼澤さんが夏休みに読みなさいと僕に贈ってくださった田坂弘志さんの著書「人生の成功とは何か」の冒頭に出てくるドイツの哲学者:ニーチェが語った「永劫回帰」と言う思想だそうです。

自分の人生最期の時、本当にこの問いに対して、自分は然り(はい)と何の迷いもなく、答えることができる人生を生き抜けるのだろうかと考えてしまいました。


最期の時に自分の人生を振り返り、また、永遠に同じ人生を繰り返すことを喜んで望めるくらいに本気の火を燃やして生きることができたら、どんなに幸せなんだろうと考えました。

地位や名誉やお金といったことが人生の成功のように錯覚してしま自分も居ました。でも、人生最高の成功とは、最期の時に本当に幸せだったと思い、また同じ人生を歩みたいと思えるほど、幸せに満ちた人生はないなぁと思います。

現在までの自分の人生を振り返ると、まだまだ「もう一度」と素直に答えられるほど思いっきり生きて、生き抜いていないし、全力を出し切れていない自分に反省し、今日からそして今から、もう一度本気になろうと思いました。

鬼澤さん、素晴らしい本をありがとうございました。
またひとつ大切なことに気付けました。

Go for it!!
「行くしかねぇ〜だろ!!」


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2005年08月05日 21:41 |日記 | トラックバック(1) コメント(2)

2005.08.04 「あなたはいつ、本気になるのですか?」

僕は、以前の会社の上司の影響もあり、かなり前からF1にハマりました。そして、その中で忘れもしない、今まで僕の中のナンバーワンF1ドライバーがいます。

それが、あの尊敬する偉大なドライバー「アイルトン・セナ」です。
ブラジル出身ということだけで、参戦したばかりの頃は、周りからいじめられ、不運なリタイヤを余儀なくされ、それでも彼は、いつかトップをと懸命に走り続けたそうです。

そして感動的だったのが、ホンダとの出逢いですね。
最高のパートナーを得たセナは、快進撃を続けるわけですが、セナの尊敬していた本田宗一郎さんが亡くなった時に、外人ドライバーのかれが、黒い腕章をつけてレースに参戦した時には、テレビの前で涙が止まりませんでした。

あの天才的なドライバーのセナが、トップを取るために絶えず努力をしていたことを後々、上司から聞かされて、ビックリしました。

セナは早い時期から、肉体的にも車もトップドライバーの差はもうないと考え、どうやったら他のドライバーの前を走れるのかを考えたとき、集中力なんだと気付いたそうです。

どんなに凄いドライバーでも2時間ぐらいのレースの中で、集中力が途切れる瞬間が絶対にあると考え、ここを鍛えれば必ず勝てると考えたセナは2時間集中力を持続するためのトレーニングをしたそうです。

そして、いつもピットワークを完璧にするために、メカニックの皆にお願いをして他のドライバーやチームが帰ってもずっとピットワークの練習を残ってしていたそうです。

その天才的ドライバーのセナが事故にあい、早すぎる生涯を終えるわけですが、彼の死去後、生前セナが肌身離さず持っていた聖書を調べてみると、何度も開いた跡が残っているページがあったそうです。

そして、そのページの一文に何重にも線が引っ張ってあった一文が……。

「あなたは、いつになったら本気になるのですか?」

あの天才ドライバーのセナが、この文章をいつも確認し自分にその言葉を問いかけていたのだと想像すると、今の自分の情けなさを痛感したのを覚えています。

僕自身は本当に弱い人間です。
何かあれば、いい訳を考え、できない理由を口にだし、だれかのせいにして逃げてしまいます。

セナのようにいつも、本気で全快でぶつかれるような人間になりたいと思ったことを今日、改めて思い出しました。

「自分はいつになったら、本気になるのですか?」
これを旨に、今日から1ミリでも前に進もうと思います。


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2005年08月04日 21:35 |日記 | トラックバック(8) コメント(2)

2005.08.03「道具を大切にするから、うまくなれる」

〜「どうしたら、イチロー選手のように野球がうまくなるんですか?」
 「道具を大事にするとうまくなるよ」〜

上記は、イチロー選手が野球少年を集めた教室で、子供たちからの質問に対して答えた内容です。

その話を聴いてから、試合中のイチロー選手を見てみると、本当に道具を大切にしていることが分かりました。ヒットを打ってもバットをポーンと投げるしぐさを一切見たことはありません。必ずバットの先が地面に付くまでグリップをはなさず、フォアボールで一塁に進む時でさえバットボーイの前にバットを大切に置いていくわけです。

更にグローブは毎日自分で磨かないと気がすまないほど、道具を常に大切にしているんですね。

自分も初めて親からバットやグローブを買ってもらったときのことを思い出すと、誕生日に買ってもらったバットが嬉しくてたまらずに、その日から数日一緒に寝ていました(笑)

このイチロー選手のコメントを知った時、本当にプロなんだなぁと思いました。イチロー選手からして見れば、うまくいかなかった悔しさを道具に八つ当たりするなんて、きっと大嫌いなんでしょうね。

自分自身もそういう意味では、まだまだ道具に当たってしまうことがありますから、日々これ反省です。

日本には「初心忘れるべからず」と言う言葉がありますが、まさにその言葉がイチロー選手からは感じられます。本当のプロとは、技術の向上もさることながら、初心をいつまでも忘れない新鮮さも持ち合わせているのだと感じます。

私も昔勤務していた東京ディズニーランドでは、「毎日が初演」と言うウォルト・ディズニーの言葉を教わりました。

「毎日が同じ繰り返し、やっていることも当たり前のこと……。
 だけど、今あなたの目の前に居るゲストは毎日違う。
 だから、毎日が初演!! 常に初舞台にたった時の緊張感と新鮮さを忘れずにいよう!!」

どうしても、慣れてくるとこのことを忘れてしまう自分がいます。
本当のプロとは、素晴らしい技術力と、初めての時の新鮮さの両方を持ち合わせることのできる人を言うのだと思います。

プロはうまくいかなかった時に、道具や周りの誰かのせいにせず、常に自分自身を見直し、うまくいった時には、周りの人や道具に感謝できる人が本当のプロなのかも知れませんね。

まずは自分の道具を大切にすることからはじめようと思います。


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2005年08月03日 10:49 |日記 | トラックバック(8) コメント(0)

2005.08.02「思い出しか持っていけない」

〜人間があの世に行くときには、
 それは細かい網の目を魂がすり抜けて行く。
 だから、あの世に持っていけるものは、この世で形のない想い出だけ。〜

これは、僕の大好きな社長、北九州のバグジーの久保さんが教えてくれたことです。久保さんの志匠の北川先生がおっしゃるには、この世でどれだけ物質的な財産を築いたとしても、あの世に持って帰れるのは、想い出だけなんだよ!! だから、持って行くなら良い想い出を持って行きたいよね。

この話を聴いて、自分はどれだけ良い想い出を持っていけるのかなぁって考えてしまいました。自分にとっての良い想い出とは何か?

きっと自分がご縁を頂いた人に、

「あなたと出逢えて本当に良かった」って思われるようなことなのかなぁって思います。

自分は十代のころ、ヤンチャばっかりしていました。
それこそ、いつも自分中心に物事を考え、損得だけで行動をしていたのだからもし、十代でこの命が終わってしまったとしたら、きっと悪い想い出「香取は最悪だよな、あいつと付き合うと問題ばっかりだ」ってなっていたと思います。

持っていける沢山の良い想い出を創りたいです。
まずは良い想い出が創れるよう、幸福のソフトを実践していこうと思います。

「幸福のソフト」
 今日一日 親切にしようと想う
 今日一日 明るく朗らかにしようと想う
 今日一日 感謝をしようと想う
 今日一日 謙虚にしようと想う


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2005年08月02日 10:43 |日記 | トラックバック(2) コメント(0)

2005.08.01「ウサギとカメは何故、ウサギが負けてしまったのか」

童話のウサギとカメの話は小さいころに、母ちゃんから絵本で読んでもらったことがある。ウサギは足が速いけど、サボってばかりでいつしか、歩みのノロイ、カメに負けてしまう物語。

この話を聴いた時、自分がウサギだったら先に走ってゴールしちゃうのになぁ〜なんて考えていました。途中で休まなきゃいいのにねぇ、なんて言って母ちゃんを困らせていました。

そして、この間バグジーの久保さんから面白い話を聴きました。
この童話のウサギとカメはどうしてウサギが負けてしまったのかと……。
久保さんが言うのには、ウサギが負けた要因は見て視点が違うと言うこと!!

先にゴールしたカメはただひたすらゴールだけを見て進んでいた。

それに対して、ウサギは何処を見ていたのか……。
いつもカメしか見ていなかった。結局ゴールを見ていなかったらだと。

「今、カメはどこら辺まで来たかなぁ〜」
「カメより、よくなりたいなぁ〜」
「カメより、いい暮らししたいなぁ〜」

「あいつより、いい会社に入りたい」
「あいつより、いい給料もらいたい」
「あいつより、いい車に乗りたい」
「あいつより、あいつより、あいつ……」

この話を聴いて、昔の自分を思い出しました……。
いつも自分の周りに居る誰かと自分を比べ、自分のポジションを確認しながら安心していた自分……。

結局、なりたい自分がないままに、いつも比べる相手を探して、ちょっとでも自分の方が良ければそれに満足を感じて生きている。そして比べる相手や環境(俗に言う普通ってやつ)より自分が劣っているのではないかと考えると不安を抱く……。

こんな風に生きていても、生きがいはみつからないですもんね!!
まさしく自分自身の中に、ウサギの自分が存在しているわけです。

僕の親友でもありライバルである加賀屋君を見たとき、他から何を言われようと、どんな目で見られようと、自分が信じたやりたいことや、なりたい自分を目指して突き進めば、より多くの幸せを手に入れられることを彼から教わりました。

僕もカメや加賀屋君のように目標だけをしっかりと見つめて、昨日よりも1ミリでも前に進みたいなぁって思います。


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2005年08月01日 11:46 |日記 | トラックバック(5) コメント(1)