2020年3月11日「3.11 福島ひまわり里親プロジェクト(ひまわり里親プロジェクト)」

今日、3月11日は僕に取っても日本中の人たちにとっても特別な日なんじゃないかって思います。
2011年から9年が経ち、僕自身、あの時の気持ちを忘れているんじゃないかなって思っています。

今、日本中、世界中で猛威をふるっているコロナウィルス……。
マスクをせずに街中を歩いていれば、それだけでどこかで罪悪感を感じてしまいます。マスクをしたくても、マスクが買えない……。

今は体調も良いし、熱だって平熱だし……でも、もしかしたら自分が感染しているかもしれないし、感染を拡散しているのも自分なのかも知れない……。そんな事を考えると、コロナウイルスに色がついていて、目に見えればまだいいのにとさえ思ってしまいます。

電車の中で誰かが咳をしただけで敏感になる。
僕自身、あの人はひょっとしてと疑いってしまい、自分もマスクが買えなくてつけてないのに、マスクつけろよとか思ってしまう……。本当はココで、日本が一つになって、世界が一つになって、未知のウィルスに向き合っていかなきゃならないのに……。自分のことを優先してしまう自分がいるんです。そしてそれに気づいてまた、自分をせめてしまう負の連鎖……。

きっと、震災の時に福島に放射能が降り、目の見えない放射能の恐怖はこのウィルスなんかにはくらべものにならないくらいの恐怖だったんじゃないかって、やっとあの時の福島で避難を余儀なくされた人たちの気持ちを少しだけ感じています。

そして、残念ながら、僕が応援している“福島 ひまわり里親プロジェクト”のひまわり甲子園全国大会も、現状を考えると、日本中から里親さんを招いてい、このプロジェクトから生まれた絆のエピソードを共有する事は、今ではないのではないかと苦渋の決断をして、8月に延期を決めました。

本当に苦渋の決断だったけど……。
それでも、全国から種が届くのを心から喜んで待っている子たちも福島に居るんです。

先ずは、10分間をくれませんか?
もし良かったら、この動画を見てください。よろしくお願いします。

ココに映し出された、就労継続支援B型事業所なごみさんは、全国のひまわりの種の里親さんになってくれる人たちの為に、絆の種のセット作ってくれていたり、全国の里親さんから帰って来たひまわりの種を、福島県内で咲かせてくれる人たちへお渡しする為に、種の選別や袋詰めを、お仕事として行ってくれています。

そもそも、この“福島 ひまわり里親プロジェクト”とは何かと言うと、2011年3月11日に起こった東日本大震災のあと、僕と福島の仲間で立ち上げたプロジェクトです。

当時放射能で大変だった福島の土地。ひまわりはわずかだけど除染効果があると聞いて、だったらひまわりの種がたくさん必要になるんじゃないかってことで、震災で何かしたいけど募金以外何もできない歯がゆさの中、悶々としてた自分にもできると考えはじめました。

ひまわりの種を福島以外の所の人に買って頂いて、届いた種を自分の所で育ててひまわりを咲かせてもらって、その後咲いたひまわりから種を取ってもらって、その種を福島へ送ってもらい届いたたくさんの種で福島中にひまわりを咲かせて除染しようと言うものでした。

ちょうど、理事の関わりのあったなごみさんの所では、美味しいこんにゃくを作って販売していたのですが、震災後、福島産のこんにゃくは地中に埋まっているので、誰も買ってもらえなくなっちゃったんです。そうすると仕事がなくなったその場所に通う彼らは、お仕事を失い避難所で1日を過ごさなくてはならない。

健常者で会っても避難所の生活は、窮屈でなかなか彼らの事を理解してもらえないので、避難所を変えなくてはならず、行き場を失ってしまっていました。そこで彼らの力を借りて、ようは彼らにひまわりの種の袋詰めや、プラカードを作ってもらい、それをお仕事にできたら、彼らにお給料も入り避難所に1日中居なくていいので、日中は作業所でいつものように作業ができるし、一石二鳥だろうと言う事で彼らに絆の種のセットを作ってもらうことになりました。

しかし、プロジェクトを始めてすぐに農水省からひまわりには除染効果はないとの発表……。
これでこのプロジェクトもおしまいかもと思っていたら、既に全国で種を買ってひまわりを育てて頂いた里親の皆さんから、除染効果があるかどうかは問題ではない、私たちの育てたひまわりの種をどうか福島の人たちに届けて欲しいとの応援メッセージが全国から届いたんです。

本当にありがたかった。
これで彼らの新しい仕事が亡くならないで済むと思いました。

そして、2011年秋になり全国から続々と絆の種が届きます。当初はそんなには戻ってこないでしょって考えていた自分が恥ずかしくなりました。初年度全国の里親さんから届いた絆の種は、総重量2トンを超えたのです。さらに全国の里親さんから種と一緒に、頑張れ福島、日本はひとつとたくさんのメッセージまでいただけたのです。

届いた種は、なごみさんの彼らが一粒一粒選別し、翌年福島中の場所で咲きました。
そしてまたここで取れた種は、違う作業所で菜種油にして、その油を使って福島交通さんがバスを走らせてくれています。

そんな彼らの作業所に、イオンさんが去年取れた種の寄贈に来てくれました。
のぞみさんには、ある程度、僕と会話のできる子もいますが、話しかけてもなかなか答えてくれるまでに時間のかかる子たちもいます。正直、このプロジェクトの事を理解しているのかは心配だったのですが、イオンさんが種を持ってきてくれると彼らの目が輝くんですね。

言葉にはできないけど、しっかりと彼らの心にはこのプロジェクトの意味が理解されているんだと思いました。このプロジェクトの理事である半田が行くと、みんな覚えていてくれて、半田の事をひまわりさんって呼んで喜んでくれるんです。

動画でもあったように、彼らの仕事ぶりはすごいです。
同じ作業なのですが、ひとつひとつ丁寧に心を込めてしてくれています。
誰も仕事の不満を言いません。
文字もかけない子たちもいますが、それを形として捉えて、種と一緒に入れるプラカードにはしっかりと“ひまわり里親プロジェクト”と書いて、ひまわりの絵も丁寧に書いてくれています。

僕は、いつかこのプロジェクトを福島ではなく、日本ひまわり里親プロジェクトにしたいなって思っています。ひとつは日本中の小学校で、小学生が夏休みに行うひまわりの観測もこの絆の種でやってもらい、子供達に何のためにひまわりを育てるのかの、何の為にの目的を理解してもらい、日本中の子供たちがひまわりを咲かせ枯れないように育てることで、絆の本質を学べたらなぁって思います。

2020年の現在、震災から9年経ち10年目を迎えた今年、そして時を同じくして現れたコロナウィルス。
日本中で学校が休校になり、家で待機を命じられた子供達に、一緒にひまわりを育ててもらえないかなって思います。

ウィルスも生き物。
こっちが怖がったり、怒りを持って接すれば、投げた球は返してくるんじゃないかと思います。

日本中が一つになって、ひまわりを育てることで、一つの種からたくさん種を取って、日本中で被災した場所にその種とメッセージを届けて、一人じゃない。ワンチームだよって出来たら素晴らしいんじゃないかなって思います。

是非、一緒にひまわりを育てませんか?
今は暗く辛いけど、いつか花を咲かせてそこから採れたたくさんの種で、日本中を元気にしませんか?

福島ひまわり里親プロジェクト 公式サイト
https://www.sunflower-fukushima.com/

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